一生けん命はかっこいい
一生けん命やっていると、楽しい。
一生けん命やっていると、時間を忘れる。
一生けん命やっていると、元気になる。
一生けん命やっているうちに、うまくなる。
一生けん命やっていると、仲間がふえる。
一生けん命やっていると、誰かが助けてくれる。
一生けん命やっていると、何かが見えてくる。
一生けん命やっていると、何かができてくる。
一生けん命は、かっこいい。
一生けん命はかっこいい
一生けん命やっていると、楽しい。
一生けん命やっていると、時間を忘れる。
一生けん命やっていると、元気になる。
一生けん命やっているうちに、うまくなる。
一生けん命やっていると、仲間がふえる。
一生けん命やっていると、誰かが助けてくれる。
一生けん命やっていると、何かが見えてくる。
一生けん命やっていると、何かができてくる。
一生けん命は、かっこいい。
この詩は、南北戦争時代のアメリカで、戦士した兵士のポケットから見つかった紙切れに書かれていたものだそうです。今でもニューヨークの研究所の一角のレリーフに刻まれています。
この詩は、力や健康、富や権力を求めたにもかかわらず、与えられたのは弱さや病、貧しさであったと語ります。しかし、結びでは「求めたものは一つとして与えられなかったが、願いはすべて聞きとどけられた」と記しています。ここには、人の願いと天のはからいとの違い、そして逆境の中にこそ備えられた深い恵みがあるという洞察が込められています。
思い通りにならない出来事に直面すると、私たちはつい不運を嘆いてしまいます。けれども、この詩は静かに問いかけます。目の前の出来事には、私たちが気づいていない別の意味があるのではないか、と。苦難のただ中にあっても、なお感謝を見いだそうとする心のあり方――そこにこそ、人生を確かに歩んでいくための大切な知恵があるのだと、そっと教えてくれているように思います。
<病者の祈り >
そうだ うれしいんだ
生きる よろこび
たとえ 胸の傷がいたんでも
なんのために 生まれて
なにをして生きるのか
こたえられないなんて
そんなのは いやだ!
今を生きる ことで
熱い こころ 燃える
だから 君は いくんだ
ほほえんで
そうだ うれしいんだ
生きる よろこび
たとえ 胸の傷がいたんでも
ああ アンパンマン
やさしい 君は
行け! みんなの夢まもるため
なにが君の しあわせ
なにをして よろこぶ
わからないまま おわる
そんなのはいやだ!
忘れないで 夢を
こぼさないで 涙
だから 君は とぶんだ
どこまでも
そうだ おそれないで
みんなのために
愛と 勇気だけが ともだちさ
ああ アンパンマン
やさしい 君は
いけ! みんなの夢 まもるため
時は はやく すぎる
光る 星は 消える
だから 君は いくんだ
ほほえんで
そうだ うれしいんだ
生きる よろこび
たとえ どんな敵が あいてでも
ああ アンパンマン
やさしい 君は
いけ! みんなの夢 まもるため
『大切なこと The Invitation』|オライア・マウンテン・ドリーマー
2024.12.25 10:48
1994年の春にカナダの作家オライア・マウンテン・ドリーマーが『大切なこと The Invitation』という詩を発表しました。作者の解説によると(※1)表面的な世間話ばかりで虚しさを感じていた時に書いた詩だそうで、共感できる人も多いのではないでしょうか。
この詩では、傷つきやすさ、嘘偽りのない繋がり、勇気、感謝、喜びといったテーマを探求し、人生の課題や自分自身と向き合うことについて、私たちに語りかけています。
= = = = =
【大切なこと The Invitation】
あなたが生活の為にどんな仕事をしているかは、
どうでもいいことです。
私は、あなたが何に憧れ、
どんな夢に挑戦するのか知りたいのです。
あなたが何歳なのかということも、関心ありません。
あなたが、愛や夢、生きているという冒険の為にどれだけ
自分に賭けることができるか知りたいのです。
あなたがどの星座の生まれかということも、どうでもいいことです。
あなたが本当に深い悲しみを知っているか、人生の裏切りにさらされたことがあるか。それによって傷つくことを恐れ、心を閉ざしてしまっていないかを知りたいのです。
あなたが自分の痛みであれ、他人の痛みであれ、それを無視したり、ごまかしたり、なかったことにせず、受け止めることができるかを知りたいのです。
喜びの時は、それが私のものであれ、あなたのものであれ、心から喜び、夢中になって踊り、恍惚感に全身をゆだねることができるかどうかを知りたいのです。
気をつけろとか、現実的になれとか、たいしたことないなどと言わずに。
私は、あなたの話すことが真実かどうかには 関心がありません。
私は、あなたが自分自身に正直であるために、あえて他人を失望させることができるかどうかを知りたいのです。たとえ裏切りだと責められても、 自分自身の魂を裏切るよりは、その非難に耐えうる方を選ぶことができるかどうかを。
たとえ不誠実だと言われても、そんな時にあなたがどうするかによって、あなたという人が信頼に値するかどうかを見きわめたいのです。私は、あなたがきれいごとではない日常から美しさを見出せるかどうか、そして、そこから自分の人生を紡ぎだすことができるかを知りたいのです。
私は、あなたや私がたとえ失敗しても、それを受け止めてともに生きることができるか、湖の縁に立ち、銀色に輝く満月に向かって『それで良いんだよ』と叫ぶことができるかどうかを知りたいのです。
あなたがどこに住んでいるか、どれだけお金があるかはどうでもいいことです。
それよりも、あなたが悲しみと絶望に打ちひしがれ、どんなに疲れ果てていても、また朝がくれば起きあがり、子どもたちを食べさせるために、しなければならないことをするかどうかを知りたいのです。
あなたが誰を知っているか、あなたがどうしてここへ来たかは関係ありません。
私とともに決してひるまずに炎の中に立つことができるかどうかが知りたいのです。
あなたがどこで、何を、誰と勉強したかはどうでもいいことです。
私が知りたいのは、誰もいなくなり、たったひとりになった時、内面からあなたを支えるものは何かということです。
あなたは自分ひとりでいられるか、そして、何もしていない時間に自分を愛し続けていられるかを知りたいのです。
- オライア・マウンテン・ドリーマー著
= = = = =
The Invitation
It doesn't interest me what you do for a living.
I want to know what you ache for, and if you dare
to dream of meeting your heart's longing.
It doesn't interest me how old you are. I want to know
if you will risk looking like a fool for love, for your dreams,
for the adventure of being alive.
It doesn't interest me what planets are squaring your moon.
I want to know if you have touched the center of your own
sorrow, if you have been opened by life's betrayals or have
become shriveled and closed from fear of further pain.
I want to know if you can sit with pain, mine or your own,
without moving to hide or fade it or fix it.
I want to know if you can be with joy, mine your own:
if you can dance with the wildness and let the ecstasy
fill you to the finger and toes without cautioning us
to be careful, be realistic, or to remember the limitations
of being human.
It doesn't interest me if the story you are telling me is true.
I want to know if you can disappoint others to be true to
yourself: if you can bear the accusation of betrayal and
not betray your own soul.
I want to know if you can be faithless
and therefore be trustworthy.
I want to know if you can see the beauty even when it
is not pretty every day, and if you can source your life
from its presence.
I want to know if you can live with failure,
yours and mine, and still stand on the edge
of the lake and shout to the silver
of the full moon, "Yes!"
It doesn't interest me to know where you live,
or how much money you have. I want to know
if you can get up after the night of grief and
despair, weary and bruised to the bone,
and do what needs to be done for the children.
It doesn't interest me who you are,
or how you came to be here.
I want to know if you will stand in
the center of the fire with me and not shrink back.
It doesn't interest me where or what or
with whom you have studied. I want to know
what sustains you from the inside when all else falls away.
I want to know if you can be alone with yourself,
and if you truly like the company you keep in the empty moments.
- by Oriah Mountain Dreamer (※2)
= = = = =
常に何かをやること(Doingモード)に追われる日常ですが、時々間をとってただ在ること(Beingモード)で、この『大切なこと The Invitation』に耳を傾けてみると、何か大切なことを思い出させてくれるような気がします。
【参考】
(※1) About the Poem: Message from Oriah Mountain Dreamer
https://www.bhavanalearning.com/wp-content/uploads/Oriah-The-Invitation-and-History.pdf
(※2) Oriah Mountain Dreamer
■ AI時代に重要なのは知識を覚えることより自分で考え失敗すること
私が『思考の整理学』を書いてから36年になります。ずいぶん時間がたちましたが、東京大学や京都大学の生協で書籍販売ランキングが毎年上位となるなど、ロングセラーとして読み続けられています。私が書いたのは、すべて自分で考えてきたことです。人のまねをしていないから、ずっと読まれているのだと思います。
そして、この本で私が伝えたかったのはまさに自分の頭で考える大切さです。学校での教育は、これまで主に知識を身につけることだとされてきました。その一方で、学校では考えることについてあまり教えてきませんでした。結果として、小学校から大学まで学び続けても、多くの人は「考えたことがほとんどない」のです。
身につけた知識は、もちろんさまざまな点で参考にはなります。だからといって、いつまでも覚えておく必要はありません。むしろどんどん忘れていいと私は考えています。忘れることが心配ならば、記録して必要に応じて見直せばいいのです。
もっと言えば、知識はどんどん忘れてしまって構いません。
いくら忘れようとしても、その人の深部の興味や関心とつながっていることは忘れません。忘れてもよいと思いながら忘れられなかった知見によって、一人ひとりの個性は形成され、そこから新しい思考やひらめきが生まれます。こうして考えるのでなければ、真に創造的なことはできません。その意味で思考の整理とは「いかにうまく忘れるか」だといえます。
このところのAI(人工知能)の発達によって、考えることの重要性は高まっていると思います。知識という点ではどれだけ優秀な人でもAIに太刀打ちできないからです。
一昔前までならば大学を卒業する、特に文系学部の学生にとって金融機関は魅力的な就職先であり、優秀な人材の受け入れ先となってきました。これは金融機関が知識を最も生かせる場だったからでした。ところが今や金融機関では、仕事の大きな部分がAIに取って代わられようとしています。金融機関がこのところ大幅な人員削減を打ち出しているのもこのためです。AIに代わりつつある職場で働いてきた人は「これからどうしようか」と悩んでいます。
私は36年前に想像力を飛行機になぞらえて「自分で翔(と)べない人間はコンピューターに仕事を奪われる」と書きましたが、いよいよその傾向が強まっているのです。
「それまでのあり方が役立たなくなる」という意味では、これは産業革命以来の出来事だといえるかもしれません。私は一種の「知的大革命だ」と見ています。だからこそ、これからはAIと知識で競うのではないあり方、つまり考えることが大切です。
忘れてならないのは人間が本来、考える力を持っていることです。赤ん坊は生まれてからしばらくの間、いろいろなことを覚えていくのはこのためです。本来持っている能力を生かしていけばいいのです。
考える力を養うことは、ひらめきを得ることにもつながります。知識は覚えればすぐに使えますが、ひらめきには結びつきません。自分で考え失敗することで、人はひらめき、成功にたどり着くことができるのです。(談)
・たのしみは 朝おきいでて 昨日(きのふ)まで 無(な)かりし花の 咲ける見る時
年を取って孫ができたりすると、独楽吟の「たのしみ」が、だんだんと分かってきます。1歳過ぎの孫がおかずを手づかみで食べている姿を見て、普通なら注意するのでしょうが、次の句を思い出して見入ってしまいました。
・たのしみは まれに魚烹(に)て 児(こ)等(ら)皆が うましうましと いひて食(く)ふ時
・【参考図書】橘曙覧全歌集 脚注 水島直文・橋本政宣 岩波文庫 1999年
家業は、筆や墨を売っている文房具屋だったようです。国学を学び古事記や万葉集を読んでいたようです。筆まめだったのでしょうね。市内の足羽(あすわ)神社の近くに記念館があります。
・福島市橘曙覧記念文学館
https://www.fukui-rekimachi.jp/tachibana/
【独楽吟 五十二首】
52首ありますので、六つの段に分けてご紹介します。家族といっしょに生活して飯を食ったり酒飲んだりしています。友人が来て談笑している句もあります。酒糟を焼いて食べるという句がありますがうまそうですね。庭の草木の成長や、好きな本を読んで小さな発見に喜んだりしています。妻子を養っていたのでしょうからお金のことも常に念頭にあったようです。
▶一段目
たのしみは 艸(くさ)のいほりの 莚(むしろ)敷(し)き ひとりこころを静めをるとき
たのしみは すびつのもとに うち倒(たふ)れ ゆすり起(お)こすも 知らで寝し時
たのしみは 珍(めづら)しき書(ふみ) 人にかり 始め一(ひと)ひら ひろげたる時
たのしみは 紙(かみ)をひろげて とる筆の 思ひの外(ほか)に 能(よ)くかけし時
たのしみは 百日(ももか)ひねれ ど成(な)らぬ歌の ふとおもしろく 出(い)できぬる時
たのしみは 妻子(めこ)むつまじく うちつどひ 頭(かしら)ならべて 物(もの)をくふ時
たのしみは 物をかかせて 善(よ)き価(あたひ) 惜(を)しみげもなく 人のくれし時
たのしみは 空暖(あたた)かに うち晴(は)れし 春秋(はるあき)の日に 出(い)でありく時
たのしみは 朝おきいでて 昨日(きのふ)まで 無(な)かりし花の 咲ける見る時
たのしみは 心にうかぶ はかなごと 思ひつづけて 煙艸(たばこ)すふとき
▶二段目
たのしみは 意(こころ)にかなふ 山水(やまみづ(さんすい))の あたりしづかに 見てありくとき
たのしみは 尋常(よのつね)ならぬ 書(ふみ)に画(ゑ)に うちひろげつつ 見もてゆく時
たのしみは 常(つね)に見なれぬ 鳥の来て 軒(のき)遠からぬ 樹(き)に鳴きしとき
たのしみは あき米(こめ)櫃(びつ)に 米いでき 今一月(ひとつき)は よしといふとき
たのしみは 物(もの)識人(しりびと)に 稀(まれ)にあひて 古(いに)しへ今を 語りあふとき
たのしみは 門売(かどう)りありく 魚買ひて 烹(に)る鐺(なべ)の香(か)を 鼻(はな)に嗅(か)ぐ時
たのしみは まれに魚烹(に)て 児(こ)等(ら)皆が うましうましと いひて食(く)ふ時
たのしみは そぞろ読み ゆく書(ふみ)の中(うち)に 我とひとしき 人をみし時
たのしみは 雪ふるよさり 酒の糟(かす) あぶりて食(く)ひて 火(ひ)にあたる時
たのしみは 書(ふみ)よみ倦(う)める をりしもあれ 声(こゑ)知る人の 門(かど)たたく時
▶三段目
たのしみは 世に解(と)きがたく する書(ふみ)の 心(こころ)をひとり さとり得(え)し時
たのしみは 銭(ぜに)なくなりて わびをるに 人の来たりて 銭くれし時
たのしみは 炭(すみ)さしすてて おきし火の 紅(あか)くなりきて 湯の煮(に)ゆる時
たのしみは 心(こころ)をおかぬ 友(とも)どちと 笑ひかたりて 腹(はら)をよるとき
たのしみは 昼(ひる)寝(ね)せしまに 庭(には)ぬらし ふりたる雨を さめてしる時
たのしみは 昼寝目(め)ざむる 枕(まくら)べに ことことと湯の 煮(に)えてある時
たのしみは 湯(ゆ)わかしわかし 埋(うづ)み火(び)を 中(うち)にさし置きて 人とかたる時
たのしみは とぼしきままに 人集(あつ)め 酒飲め物を 食(く)へといふ時
たのしみは 客人(まれびと(まらうど))えたる 折(をり)しもあれ 瓢(ひさご)に酒の ありあへる時
たのしみは 家内(やうち(やぬち))五人(いつたり) 五(いつ)たりが 風だにひかで ありあへる時
▶四段目
たのしみは 機(はた)おりたてて 新しき ころもを縫(ぬ)ひて 妻(め)が着する時
たのしみは 三人(みたり)の児ども すくすくと 大きくなれる 姿(すがた)みる時
たのしみは 人も訪(と)ひこず 事(こと)もなく 心をいれて 書(ふみ)を見る時
たのしみは 明日(あす)物(もの)くると いふ占(うら)を 咲(さ)くともし火の 花にみる時
たのしみは たのむをよびて 門(かど)あけて 物もて来(き)つる 使(つか)ひえし時
たのしみは 木(こ(き))の芽(め)にやして 大きなる 饅頭(まんぢゅう)を一つ ほほばりしとき
たのしみは つねに好める 焼豆腐(やきどうふ) うまく烹(に)たてて 食(く)はせけるとき
たのしみは 小豆(あづき)の飯(いひ)の 冷(ひ)えたるを 茶(ちゃ)漬(づ)けてふ物に なしてくふ時
たのしみは いやなる人の 来(き)たりしが 長くもをらで かへりけるとき
たのしみは 田(た)づらに行きし わらは等(ら)が 耒(すき)鍬(くは)とりて 帰りくる時
▶五段目
たのしみは 衾(ふすま)かづきて 物(もの)がたり いひをるうちに 寝(ね)入(い)りたるとき
たのしみは わらは墨(すみ)する かたはらに 筆の運(はこ)びを 思ひをる時
たのしみは 好(よ)き筆を えて先(ま)づ水に ひたしねぶりて 試(こころ)みるとき
たのしみは 庭(には)にうゑたる 春秋(はるあき)の 花のさかりに あへる時(とき)時(どき)
たのしみは ほしかりし物 銭(ぜに)ぶくろう ちかたぶけて かひえたるとき
たのしみは 神の御(み)国(くに)の 民(たみ)として 神の教(をし)へを ふかくおもふとき
たのしみは 戎夷(えみし)よろこぶ 世の中に 皇国(みくに)忘れぬ 人を見るとき
たのしみは 鈴屋(すずのや)大人(うし)の 後(のち)に生まれ その御(み)諭(さと)しを うくる思ふ時
たのしみは 数(かず)ある書(ふみ)を 辛(から)くして うつし竟(を)へつつ とぢて見るとき
たのしみは 野(の)寺(でら)山里(やまざと) 日をくらし やどれといはれ やどりけるとき
▶最後の段
たのしみは 野(の)山(やま)のさとに 人遇(あ)ひて 我(われ)を見しりて あるじするとき
たのしみは ふと見てほしく おもふ物 辛(から)くはかりて 手(て)にいれしとき